3月。いつもは雨の似合うパリにも春が到来。
街角の桜の木に小さなピンクの花がちらほらついてきて、ふと立ち止まって眺めたり。

道でばったり会った友人から思いがけず手に入った歌舞伎のチケット。
オペラ座ガルニエでの市川團十朗、海老蔵の公演のもの。嬉しくて顔がほころんでしまった。

オペラ座に入るのも久々。天井のシャガールの絵が美しい。
その洋の装飾の中に、「紅葉狩」の鮮やかなオレンジの舞台…!
紅葉の中で狂ったように踊り続ける美しいお姫さまが少しづつ鬼に変わっていく姿が美しく、恐ろしい。
あのヨーロッパ独特の重厚な空間に目に痛いほどの天然色の舞台。衣装。踊り。
他に類を見ない、日本独特の美しさにため息がでた。

パンフレットもフランス語のみ。「口上」も全員がフランス語で行っていた。
日本の文化をもっと世界へという主催者の気持ちが伝わる。
新しい環境を素直に受け入れ、日本の伝統芸能を広めようという柔軟さ。素晴らしいと思う。
ありきたりかもしれないが、海外に来るようになってから日本の良さをあらためて感じることが多い。
そして自分の国のことを普段あまり知ろうとしてない自分にも恥ずかしさを覚える。
今回の公演に力を添えたフランス人のオペラ座の芸術監督は、昨年のシャイヨ宮での歌舞伎にひどく感銘し、
是非オペラ座で公演したいと思ったそうだ。「今」の芸術を大切にしているが、「今」というものはすべて
「過去の伝統」をふまえたもので「今」と「過去」の一瞬一瞬の融合がとても重要だと話している。
たしかに、歌舞伎の世界は古典なのに新鮮な驚きがあった。すべてにおいて。

外に出ると雨。
舞台の余韻に浸りたくて、オペラ座の近くのカフェに友人と飛び込む。
本当は何も予定のない日が、こころに目に贅沢な一夜に変わった幸せな日だった。





Page32(文・写真/ K. Tadano )   





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